主に自分の学習用に、日本語と中国語の対訳表現集を作っています。

日本語の原書と中国語の訳書(あるいはその逆)を読み比べて、気になる表現、知らなかった単語などの入った文を抜き出し、日本語のあいうえお順に並べる、一種の辞典のようなものを作っています。

文単位で収集している方が頭に残りやすいだろうと思い、面倒ですが単語だけではなく文(あるいはフレーズ)を抜書きしています。

そこで出会った表現に「一矢を報いる」があります。中国語訳の方を見てみると、“报一箭之仇”が当てられていました。「矢」は“箭”ですし、「報いる」は“报”ですから、両者は対応関係にあるように思えます。

最初は「なるほどー、似たような表現になるのだなあ」と思って、何も考えずにメモしていました。小学館の『日中辞典 第3版』にも同じ訳語が挙げられています。

しかし、日本語の「一矢を報いる」が「敵に対して、矢を一本効果的に射返す」(日本国語大辞典 第2版)という意味であるのに対して、中国語の“报一箭之仇”は「一矢の仇に報いる」というかたちになっています。

つまり、日本語の「一矢」は、自分が相手に対して射かけるものであるのに対し、中国語の“一箭”というのは、向こうが射てきたものになり、“报一箭之仇”は「矢で射られた恨みを晴らす」という意味になります。

また、「一矢を報いる」は、「転じて、相手の攻撃・論難に対して、少しでも反撃・反論する」(日本国語大辞典 第2版)という意味で使われます。

一方、中国語の“报一箭之仇”の用例を見てみると、やはり「昔に受けた屈辱を晴らす」という文脈で用いられるものが目立ちます。(リンク先は北京大学のコーパス)

 

四年卧薪尝胆报得一箭之仇中国女排首战轻取荷兰

(4年間にわたる厳しい練習を経て、女子バレー中国代表がオランダに雪辱を果たす)

 

失去十多年王座的日本队,一直就耿耿于怀,欲报“一箭之仇”

(10年間王座から遠ざかっていた日本代表、虎視眈々と雪辱の機会を伺う)

 

北约早想报今年4月在戈拉日代被塞族击落一架飞机的“一箭之仇”

(今年4月にゴラジュデでセルビア人に航空機を撃墜された事件について、NATOは早くから報復を検討していた)

 

「仕返し」「報復」という意味合いが強いためか、スポーツ関係の文章が目立ちます。

上に挙げた例はいずれも「一矢を報いる」と訳すことは難しいでしょう。

「一矢を報いる」は、大勢としては負けです。そこから少しでも相手にダメージを与えようとする行為を指します。一方、“报一箭之仇”の例では相手を打ち負かしてしまっているものが目立ちます。

もちろん、「一矢を報いる」に“报一箭之仇”という訳を当てられる場合もあるでしょう。

しかし、字面が酷似している分、注意がおろそかになってしまいやすい例でありますので、自戒を込めてここに紹介いたしました。