グンマーに遊びにきてくれるという人がいて、約束していたのだけれど、いきなり海外出張が入ってしまって当日の朝に「ごめん、今日は行けない」ということになった。

いろいろと行く場所を考えていたので残念だったのだけれど、その一方で、「あ、これで本が読めるし勉強ができる」とちょっと喜んでしまっていた。

約束がなくなってしまったことに喜んでいることにはいささかの後ろめたさを覚えるが、こんな風にポッカリとできた空白の時間というのも悪くない。

結局その日は本を3冊読み、家の掃除をしたりちゃんとご飯を作ったりして、よい一日を過ごせたのであった。

己のすべてを賭ける覚悟で気合を入れていたデートなど、そのタイミングでなければ困るという性質の約束であればドタキャンは悲しい以外の何物でもなく、相当に落ち込むことになるが、後で挽回がきくような約束であればキャンセルしていただいて結構である。

なので、僕との約束をキャンセルする人は、それほど後ろめたさを感じていただかなくてもよい。何なら、「ほれ、お前に空白の時間をやるよ」という意識でいてくれてもかまわない。

何なら、僕に空白を与える目的で、「寿司とタピオカミルクティーをおごってやるから東京へ来い」などとといって片道2時間かかる首都まで僕を誘い出し、僕がタダ飯によだれを垂らしながら満員電車に揺られ、東京にちょうど着くか着かないかのところ、上野とかそのへんで「もうすぐ着くで〜。腹減ったよぅ、ハァハァ」みたいなLINEを送ってきたタイミングを見計らって「あっ、ごめん、急な用事ができたからキャンセルで。寿司行くんなら勝手に行けや。タピオカ代だけはLINE Payで送金しといたるわ。400円でええか?」といってドタキャンしてくれても一向に…………さすがにこれは腹を立てると思う。いまどき400円ぽっちではタピれない。

あとは、約束の時間に遅れるというのも気にしない。上に書いたとおり、一人でできることはいくらでもある。作家の中島らもは「一人で時間をつぶせることが教養だ」と言っていたが、そういう意味では自分はかなりの「教養人」に入るのかもしれない。

まあ、現代ではスマートフォン等で接続できる相当な数の暇つぶしコンテンツが存在するので、すでに世界中の人が「教養人」であるといえる。こんなところで「俺はドタキャンされても平気やでぇ!」などとイキっていても、もはや「で? 何?」ということになってしまう。令和とはそういう時代なのだ。でも、ドタキャンしてもいいので、いつか群馬に来てください。