枝雀の落語に学ぶ外国語学習

外国語を学ぶ人は、誰しも自分の中に憧れの人物を持っている。

そして、「同時通訳の神様」、「翻訳の鬼」であったりするその人物の著書や言葉を座右に置き、通訳の現場で、お守りのようにしてそっと懐に忍ばせている。

私にとって、その人物は外国語の使い手ではなく、落語家の故・桂枝雀だ。

爆笑王と呼ばれ、重いうつ病のために1996年に自らの命を断った伝説の落語家だ。

私はある時期桂枝雀に夢中になっていて、片っ端からCDの全集を聞いた。夕食のおともは、いつも落語だった。

枝雀はよく枕で、「ちょっとお喋りをするだけの、まことに気楽な商売でして…」と話し、その語り口も観客の爆笑を呼んでいたが、実際にはとてつもない稽古を行なっていた。

『笑わせて笑わせて桂枝雀』(上田文世・淡交社)という伝記に、当時を知る人の言葉が記されている。

その頃、東京NHKに出演していて、定期的に東京に行くんです。師匠は飛行機の中、空港を出てからの電車内、道路を歩きながらと、NHKに行くまでの道中、ところかまわずネタを繰るんです。繰り出すと声が大きくなってくる。ネタには女性も登場するから、変な声を出す。まだ、東京ではそんなに知られていないころでしょ。ハンチングをかぶった変わったおっさんが歩いてると周りからは変な目で見られるし、とはいえ、師匠から離れて歩くわけにはいかないし…

繰り始めたらオチまで行かないとやめないんです。『今日は新橋で飲もう』と歩き出したんですが、店の前に立っても終わらない。着席しても終わらず、店の人がビールを持って来てもまだやってる。そんなこともありましたね

あまりの熱中ぶりに一緒にいるのが気恥ずかしい時があった

すでに削除されてしまったが、実際に枝雀が自宅の近所を歩きながらネタ繰りをする様子を収めた映像を、以前Youtubeで見ることができた。

高座で演じる口調そのままで、全力で落語を演じながら町内を練り歩くのである。
通行人とすれ違ってもおかまいなし。

外国語の練習も、こうあることができればと思う。

考えてみれば、外国語の対話テキストと落語は似ている。

「私はジョンです。お会いできて嬉しいです」といった単純きわまりない文も、迫真の演技で語るのはけっこう難しい。人目も気になるし、「こんな文を…」というプライドが邪魔をする。

私はまだ、「爆笑王」の鍛錬にはほど遠いところにいる。
大声で練習するのは気が引けるので、街なかではブツブツとつぶやく程度、電車では口だけパクパク動かしている。

夜道で前に女性が歩いているときは控えた方がいいかもしれない。
ヘンに思われるのは結構だが、他人を怖がらせることは本意ではない。

というわけで、枝雀の稽古を、中途半端な形で日常の練習に取り入れている。

彼は今、宝塚市の中山寺に眠っている。

そのうちにお礼を言いにいきたいと思いながら、まだ果たせずにいる。