“就”の感覚をつかむ ―中国語学習に漢和辞典を活用する

中国語に触れていると、毎日のように目にするのが“就 (jiù)”という語です。

これは副詞に分類されていて、教科書などでは「すぐに、じきに」という訳語が当てられていますが、実際の用法は多岐にわたります。

例えば、小学館の『中日辞典 第3版』では、以下のような語釈が挙げられています。

1.(短時間内にある動作がなされ、またはある状態が現れることを表す)すぐ、じきに。

例:我就去(すぐ行きます)

2.(ずっと前にある動作がすでになされたこと、あるいは、ある状態がすでに現れたことを表す)すでに、とっくに、もう

例:他四岁就会写毛笔字(彼は4歳ですでに毛筆が書けるようになった)

3.(肯定を強める)ほかでもなく、絶対に

例:这儿就是我们的教学楼(ここが私たちの教室棟です)

4.だけ、〜しかない(数の少なさを強調)

例:书架上就有这么几本书(書架には本が数えるほどしかない)

5.こんなに、〜も(数の多さを強調)

例:你一次就买十瓶酒,一个人喝得了吗?(酒を一度に10本も買って一人で飲みきれますか)

6.(条件・因果などの関係を表す複文の後半に用い、結論を示す)〜ならば…である

例:吃了这服药,你的感冒就好了(この薬を飲めばあなたの風邪はすぐに治ります)

いろいろと覚えることがありそうで頭が痛くなってきそうですが、そんなときにおすすめするのが、漢和辞典を引いてみることです。

漢文が現代中国語と大きく異なっていることは、中国語の学習を始めればすぐにわかることです。

現代中国語の学習に、漢和辞典は必要ないような気がするかもしれません。

しかし、漢文というのは古典中国語のことですから、現代中国語の大本・核となる意味も、古典中国語に注目することで浮かび上がってくるのです。

『全訳 漢辞海 第三版』は、「就」に、このような語釈を与えています。

1.つく 

ア・ある方向に進む。おもむく。

イ・〔ある状態に〕近づく。〔ある物に〕接近する。

ウ・〔車に〕乗る。 エ・〔道に〕出る。

オ・赴任する。職につく。

カ・従う。 キ・おえる。《「死ぬ」意を婉曲的に示す》

2.なす。なる。 

ア・〔ある状態を〕きたす。〔ある状態に〕変わる。

イ・成功する。完成する。

こちらも語釈自体はたくさんありますが、「くっつく」「近づく」という意味が根本にあります。

日本語で「就」を使った熟語を考えてみると、「就職」「就業」「就学」「就位」「就寝」「就労」「就航」など、「○○に就(つ)く」という形になっているものばかりです。

あることを成し遂げることを「成就」といいますが、これも目標に「達する」ことからきています。

この「つく」というイメージからもう一度、現代中国語の語釈を見てみます。

1.「すぐ、じきに」というのは、あるデキゴトが「いま・ここ」にくっつくようにして訪れることを表しています。

2.「すでに、とっくに」というのも、起こった時間が過去かこれからかというだけで、1と同様、あるデキゴトがその対象とすでに密接な関係にあることを示しています。

3.の「ほかでもなく、絶対に」というのも、あるモノとあるモノとの関係が近く、切っても切れない関係にあることをいっています。

「就」は「つく」という意味から、「密接」という意味が生まれました。

密接であるということは、あるモノとあるモノとの関係がきわめて強く、ほかのモノを排除するということです。

「(ほかでもないこの)私が田中です」と言いたいとき、中国語では“我就是田中。”

といいます。

当たり前のことですが、このとき、「私」は「田中」以外の人である可能性が排除されています。

そこから、「就」には「少ない」というニュアンスが生じてきます。

「私」は「田中」という人間ただ1人でしかないからです。

4.「だけ、〜しかない」というのはその少なさを強調したものです。

ところが、すぐその次に、5.「こんなに、〜も」という、数の大きさを強調する語釈が出てきます。

「真逆ではないか」という声が上がりそうですが、この場合も「少なさを強調する」というニュアンスは出ています。

ひとつ例文を見てみましょう。

我两天才写了三千字,你一天写了五千字。

(私は2日でやっと3000字書いたのに、あなたは1日で5000字も書いた)

(例文は『東方中国語辞典』から引用)

これだけ見てみると、“就”は数量が大きいことを強調しているように見えますが、注目すべきはその前の“一天”という部分です。

この文では、「1日という短い時間にもかかわらず、5000字も書いた」という、「少なさ」と対比した上での「多さ」を強調しているのです。

最後の、6「〜ならば…である」というのも、ある原因とそれにともなって生じる結果の関係が深く結びついていることからきています。

このように、中国語にかぎらず言葉というものは基本語彙になるほど語義が派生して多様化していきますが、中心となる意味を押さえておけば、慣れない表現があったとしてもそこから意味を推し量ることができます。

「この語は意味が○個あって…」という覚え方をすることに意味はありません。

実際には“就”は“就”でしかなく、場面ごとに原義を踏まえて別の現れ方をしているからです。

「用法がたくさんあって難しそうだ」と感じた語については、漢和辞典を活用した学習をこころがけてみてください。

そうすることで、私たちの母語である日本語との関連性も見えてきて、中国語と日本語の知識を有機的に結びつけることができるようになります。

漢辞海は第4版が出ています。装丁がすごくおしゃれですね。