少し前に、所用で大阪に行きました。
そこで知人に会う約束をしていたのですが、会う前日にその人がぎっくり腰になってしまったという連絡を受けました。
西へ向かう新幹線の中でその知らせを受けたわたしは、
「しまった……」
と思っていました。
鍼の持ち合わせがなかったからです。
いつもなら、遠出するときには鍼を持ち歩くようにしています。旅先で同行者が急に体調を崩すことがあっても、そこで治療することができるからです。実際にそういうケースは何度かありました。
よほどの大ケガや重病でない限り、ある程度はなんとかできてしまいます。
いつの日か、自分が乗り合わせた飛行機で機長がぎっくり腰になったりして操縦できなくなり、CAさんから
「お客様の中に鍼灸師様はいらっしゃいませんか!?」
と呼びかけられたときに、
「はい、わたしです」
と言って名乗り出ることを夢見ています。
「今日に限って……」
と、自分の想定の甘さを悔やみました。
そんなとき、わたしの頭の中にあるアイデアが閃きました。
「大阪で、どっかの鍼灸院にお願いして、鍼を分けてもらったらいいのでは?」
ということを思いついたのです。
「普通に鍼灸院に連れていけよ」
というツッコミがきそうですが、知人と会う予定の場所の近くに適当な鍼灸院がなさそうだったのと、何よりも、自分が治療してやることで知人に恩を売りたいと思っていたのです。
「いいアイデアやわ。ついでにそこの人と仲良くなれたら楽しいやん。おもろ」
などと考えているうちに、列車は大阪に到着しました。
新大阪から電車で移動し、わたしはさっそく、ネットで近場の鍼灸院を探し、電話をかけました。
1軒目
わたし「お忙しいところすみません。岡本と申す者なんですが、わたしも鍼灸師でして、ちょっと知人が腰を痛めてしまいまして、よかったら鍼を少しだけ分けてもらえませんでしょうか。もちろんお金は払いますんで」
先方「……? いや、ちょっとそういうのは……」
わたし「あ、そうですか、そうですよね。すみませんでした変なこと言って」
まあ、普通は断られるだろうことは予想していました。
しかし、ここは義理と人情の街・大阪。
そのうち誰か譲ってくれる人が現れるだろうと思っていたのです。勤務先のウェブサイトには免許証も掲載されているし、身分もちゃんと証明できる。
などと、楽観的に考えていたのです。
2軒目「院長が『そういうことはできない』と言ってます」
3軒目「それは無理ですね」
4軒目「は?」
という具合で、まったく相手にしてもらえません。
わたしは、自分がちょっと異常なことをしていることは自覚していて、それでもあえて自分の度胸を試したいというか、恥ずかしい思いをしておこう、という気持ちがありました。時々こういう変なクセが出てしまうのです。
ブラック企業の営業マンの新人研修のように電話をかけました。
結果、電話をかけたすべての院で断られました。
なぜだ……
こういうとき、吉本新喜劇だったら、
「はいもしもし〜、花月鍼灸院ですぅ〜。へ? はぁ? ほぉ〜、そうでっか。はぁはぁ、なるほどなるほど。そういうことでっか。あんさんえらい珍しいこと言うてきまんな。そうでっか。ほならいっぺん来てみなはれ。話くらいは聞きまひょ」
と言われ、喜んで行ってみると、実はその鍼灸院は借金まみれになって経営が傾いており、やたらとカラフルなスーツを着たヤクザがやってきて、
「明日までに耳揃えてカネ返さんかい! 返せへんねやったらお前んところの娘に働いてもらって返してもらうからのう」
ということになって、ちょうど居合わせたわたしがその娘さん(けっこう年増)と恋仲になり、機転を利かせてその鍼灸院をヤクザから救い、娘さんと結婚して見事に院を立て直す。
みたいな展開になるはずなのですが……どうもそういう展開になってくれない。
もう関西を離れて随分経つから、勝手が違うのかもしれない。
そのとき、ふと、
「そうだ、中国人がやってるところにかけてみよう」
ということを思いついて、明らかに中国人がやっている名称の鍼灸院に電話をかけてみたところ、女性が電話に出ました。わたしが意図を伝えると、
「あ、いいですよ。○時に来てください」
あっさりOK。さすが、融通が利く。
指定された時間に訪れると、
「これくらいあったらいいですか?」
と言って鍼を分けてくれました。
わたしがお金を払おうとすると、
「いいからいいから」
と言って受け取ってくれません。
仕方ないのでわたしはその方に丁重にお礼を言い、名刺を交換して院を出たのでした。
「さあ、これで存分に腕を振るえるわ!」
と喜び勇み、いつも使っているのより少し太いその鍼を握りしめ、わたしは約束の場所へ行って知人に会いました。
「鍼持ってきてるから治療したろか」
「あ、なんかもう大分ラクになったから別に大丈夫やわ」
……
……
なんでやねん……