【近況報告】手放したもの、手に入れたもの

2019年から約4年半、群馬県の養気院というところで鍼灸師として勤務していました。そして今年10月、品川にある姉妹院の「はりきゅうルーム カポス」に移籍しました。

実は、「カポス」に移動するタイミングで私は会社をやめ、再びフリーランスとして働くことにしました。カポスは養気院と同じ会社が経営していて、わたしは変わらずこれまでと同じ経営者の元で仲間と一緒に働いています。

養気院にいたときはいわゆる「社員」で、毎月給料を頂き、保険に入り、有給休暇などを使わせてもらう立場でした。

「立場が守られた会社員」という立場を4年半経験して、やはり自分は「特に保証もないけれども、自由」という立場の方に惹かれることを再認識しました。

会社のことがイヤになったわけではありません。

ただ、「鍼灸師もしたい、中国語の仕事も諦められない。行けるところまで行きたい」というワガママな自分の生き方を実現するには、毎日同じところに、同じ時間いる必要のある社員という立場は少し窮屈だったのです。

また、前にブログでも書いたとおり、本格的に中国語の同時通訳者を目指したいという気持ちが膨らみ、勉強時間を捻出する必要もありました。

それで、院長とあれこれ相談を重ねて、フリーランスとしてカポスで働かせてもらう、という形に落ち着きました。

せっかく会社に誘ってくれた院長に申し訳ないなという気持ちもありましたが、形が変わっただけで、一緒に働く仲間でありつづけたいという気持ちには変わりありません。

院長には「お役に立てる限りは一緒に働きたいと思っています。私のことが必要なくなったら、契約を切ってもらって構いません」と伝えてあります。

正直なところ、たった4年半とはいえ、会社員を辞めるのには少々の恐怖がありました。会社にいれば、毎月固定でお給料が頂けます。有給休暇というものが存在します。「守ってもらえている」という安心感の中で過ごしていられます。

それ以前はずーっと自営で、それが当たり前の生活だったのに、たった4年半会社員を経験しただけで抜け出すのが怖くなるのだから、不思議なものです。

会社を辞め、住む場所を変え、新しい職場で一から仕事を始めました。

中国語のために鍼灸院の出勤日は減らしてしまったので、収入は大幅ダウンです。(そもそも、社員ではないので出勤するだけでは報酬が発生しません) 

その上、中国語の方でも一部の仕事を整理してしまいました。収入はさらにダウン。

「とりあえず頑張って続ける」という選択肢もありましたが、そこは妥協しないでおこうと思いました。

これまでの経験から、無理して続けても、どこかでひずみが生じて、結局は自分も周りも苦しい思いをすることを知っていましたので。

ただ、このままだと遅かれ早かれ家計が詰みます。

さて、どうしたものか。悩みました。

「どうにかなる」という楽観と、「このままではヤバい」という危機感が3:7くらいで混ぜ合わさった感情を抱えて日々を過ごしていました。

そんなときに、とあるところから中国語通訳・翻訳の仕事のオファーを頂きました。

渡りに舟とはこのことで、通訳学校を卒業するよりも先に通訳の仕事が来てしまいました。もちろん、自分としても大いに関心のある分野だったので、挑戦してみることにしました。

しかし、お誘いを受けたからといってフリーパスで入れるわけではなく、業務の内容に見合う力があるかどうかを見極めるための試験があります。

もう何年も着ていなかったスーツをクリーニングに出し、これまた久しぶりに履いた革靴で靴ずれを作りながら、試験を受けに行きました。

試験では、前日に何となく読んでいた文章が出題されるという幸運にも恵まれました。「これはもう、神様が『来い』と言っているに違いない」とすら思いました。

実際のところ、通訳試験の出来はイマイチで、どうなることやら不安ではあったのですが、無事に「合格」という一報を頂き、年明けから仕事を任せていただけることになりました。

「何かを手に入れるには、何かを手放さなければならない」

といいます。

「鍼灸師も中国語も抱えているお前が何を言うとるねん」

と思われるかもしれませんが、「確かに真理であるな」と改めて感じた次第でした。

鍼灸師、中国語講座、そして通訳。

とにかく、健康にだけは気をつけて「2023年は良い一年だった」と言えるよう、12月を大切に過ごし、2024年を迎えたいと思っています。