中国語のディクテーション(書き取り/听写)を始めたい人へ

大学2年生のときの自分自身へ

この記事は、「ディクテーション(書き取り/听写)に興味があるけれど、どうすればいいのかわからない」という方に向けて書いています。

この記事に限らず、自分がブログを書くときにイメージしているのは、中国語を学びはじめて1年ほどが経った、大学2年生のころの自分自身です。

「上達したいけれど、どうしたらいいのかわからない」そんな気持ちを抱えて毎日過ごしていました。

幸いにして、自分は良き師、良き先輩、良き友人に恵まれて、自分でもそれなりに試行錯誤を経て、いままでずっと楽しく勉強を続けてこられました。

中国語学習では随分と「先輩」になってしまった今の自分が、過去の自分自身にアドバイスをするとしたらどうするか、そんなテーマで書いています。

過去のわたしと同じように、中国語の勉強の仕方に迷っている人に、少しでも役立てていただければ嬉しいです。

どんな学習方法か、どんな人に向いているか

ディクテーションとは、「聞こえてきた外国語の音声をそのまま書き取る」という学習法です。

自分の学習レベルに合わせて教材を選べばいいので、どんなレベルの人にも向いています。レベル別のおすすめ教材については後述いたします。

初心者のうちは、学校や教室で使用している、すでに学んだことのあるテキストを使うといいでしょう。

用意するもの

  • 音声付きのテキスト
  • スマートフォンなどのオーディオプレーヤー
  • ヘッドホン
  • 紙とペン(黒と赤)
  • 辞書

以上です。全然お金がかかりません。

お金はかかりませんが、ずっと長く続けていける、費用対効果の高い学習法です。

ディクテーションは辞書を引く訓練

音声を流し、それを紙に書き取っていきます。あまり長いものでやると挫折しかねないので、短いニュースや教科書の1課分、さらにハードルを低くして、短文集のようなものでもかまいません。

初中級のうちはピンイン・漢字の両方で書き取ります。確実にピンインが頭に入っているようであれば漢字だけでもかまいませんが、それは中級以降の話。初級のうちは、必ずピンインもセットで書きましょう。「ピンインなんて」とバカにしていても、後で答え合わせをしてみたら、きっと間違っている部分があるはずです。

わからない言葉があれば、もちろん辞書を引いて確認しましょう。辞書を引くにも技術が要ることがわかります。たくさん引けば引くほどいいのです。「ディクテーションとは、辞書を引く訓練である」ともいえます。

自分に厳しくできる人は、紙の辞書を引くことをおすすめします。慣れてくると、電子辞書よりも紙の辞書のほうが早く引けるようになります。

「音は聞き取れたけれど、辞書を引いてもどの単語かわからない」という単語はピンインで書き取っておくようにしましょう。ピンインだけなら音を頼りに書けるはずです。とにかく、空白の部分を作らないようにします。ちなみに「音は聞き取れた」と思っていても、後で答え合わせをすると、だいたいピンインが間違っています。

意味がわからなくても「こんでんえいねんしざいほう」は聞き取れる

たとえば、わたしたちは母語の日本語であれば、その語の意味がわからなくても、聞こえてきた音はすべて拾えます。

「こんでんえいねんしざいほう」という音が聞こえてきたときに、それが「奈良時代中期の聖武天皇の治世に発布された勅で、墾田の永年私財化を認める法令である(Wikipediaより)」ということはわからなくても、ともかく「こんでんえいねんしざいほう」という音だけは認識することができます。

音さえ拾えれば、あとは辞書を引けばそれが何を意味するものかを理解できます。

「意味がわからなくても音は聞き取れる、そしてそれを自分で調べることができる」

これができれば、学習者としてひとり立ちできたといえます。

ディクテーションは、繰り返し音を聞く訓練

「音は何度か聞いてもいいのですか? 1回で聞き取らないといけないのですか?」とよく質問されます。

音は繰り返し流してもかまいません。アプリなどを使って速度を落として聞いてもかまいません。

いえ、「かまいません」ではなく、ぜひそうしてください。

はじめのうちは3秒くらいの音でもけっこう苦労すると思います。3秒って、意外と長い。慣れていないと、3秒程度の音声すら覚えておくことは困難です。なので、何度も何度も聞きましょう。「ディクテーションとは、繰り返し繰り返し音を聴く訓練である」ともいえます。

何度も音声を聞き、辞書を引いて、「もうこれ以上書けない」というところまで完成させたら、テキストを見て答え合わせをします。

繰り返しますが、くれぐれも、空白の部分を作らないようにしましょう。終わったら赤ペンに持ち替えて、自分の答案を添削します。

終わったら添削→自作の答案を音読

添削して、間違っていたもの、書けなかったものは単語を調べ直し、完成した文章を音読しましょう。最低30回は読みましょう。

このとき、お手本のテキストではなく、自分で作った答案の方を使って音読をすると、間違った部分を何度も見返すことができるので、次から同じミスをしなくなります。

最初はとにかく辛い

はじめのうちは過酷な現実を突きつけられます。あらかじめ言っておきますが、苦しいです。辛いです。プライドが傷つきます。

ただの音読や聞き流しであれば、自分があいまいにしているところ、苦手なところはいい加減に済ませてしまうこともできます。「なんか違うな」とか「構造がよくわからんな」と思っても、あっという間に流れていってしまうので、終わってしまえばなんとなくできてしまうように感じているのです。

しかし、ディクテーションではそうはいきません。流れてくる音声を1文字残さず書き取っていかなければならないので、「飛ばす」ということができません。できないものはできないものとして、眼前に突きつけられます。

自分の答案を真っ赤に染め上げるはめになるでしょう。ソコソコできるつもりだったのに、「全然できねーじゃん!」と思ってふてくされてやめてしまいたくなるでしょう。しかし、ここが辛抱のしどころです。

他に誰に見せるわけでもありません。恥ずかしいことなどひとつもないのです。気にせずどんどん赤ペンで添削しましょう。赤インクの量だけ強くなれるのです。

話の流れを推理しながら進めよう

書き取るときのポイントをお伝えします。

上の「こんでんえいねんしざいほう」と矛盾するかもしれませんが、そもそも、わたしたちは「音そのもの」を認識しているわけではありません。だから、知識のない子どもは、かわいらしい聞き間違いをします。現地語に不慣れな外国人は、おもしろい聞き間違いをしたり、母語に引っ張られた聞き取り方をします。

わたしたちは、コミュニケーションをとるときに、聞こえてきた音と、自分の頭の中の知識とを照らし合わせて、意味のあるまとまりを作り出そうとします。

だから、電車の車掌がアナウンスする「ダァ、シエリイェス」は「ドア、閉まります」に聞こえていますし、居酒屋の店員が声を張り上げて言う「アリヤトーアッシタァー」は「ありがとうございました」に聞こえます。

それは、自分の中に、「電車の車掌はドアが閉まることを伝えてくるものである」ということや、「飲食店の店員はお客さんの帰りぎわにお礼を言うものである」という知識が入っているからです。

大人が外国語を学ぶときに武器になるのは、すでに持っている知識・常識です。それは時として厄介な「思い込み」や「先入観」となってわたしたちを苦しめますが、「Aという状態が現れれば、Bが起こり、そしてCに展開する」というような、物事の大まかな筋道を知っているということは、大きなアドバンテージになります。

ディクテーションに使う教材のみならず、人が聞いたり読んだりするあらゆる文章は、ニュースであれ物語であれ、一定の流れにそって展開されていきます。

ですから、わたしたちはそれを聞いて紙に写し取るときに、「犯罪の話をしているのだから、警察が出てきたり、法律の用語が出てきたりするはずだ」などという推測をはたらかせ、テーマに合わせて筋道をイメージすることができます。

文法的整合性を意識しよう―理性的認識

長文読解の“秘訣”(新装改訂版)』の「本書のねらい」で、佐藤先生はこう書いています。

言語には「感性的認識」と「理性的認識」があります。音を聞いただけで中国語が分かるというのが「感性的認識」だとしますと、中国語の構造、仕組みを理解し、「こうこうこうだからここには名詞は使えない、動詞しかこない」という判断ができるのが「理性的認識」です。中国語が使えるというのは、この両方が必要です。(p.ⅴ)

『長文読解の“秘訣”(新装改訂版)』p.ⅴ

文法的におかしくないかどうかを考えて空白を埋めていくのが「理性的認識」によるディクテーションです。

例えば、“de”という音は、現代中国語では“的”・“地”・“得”の3つの書き分けがあります。なにしろ音としてはまったく同じなので、どういう風にこの3つを使い分けるのかを理解していなければ、何度聞いても漢字は出てきません。

耳で聞いた音を書き取る、というと、なんとなく「耳が鋭くないとできない」と思ってしまうかもしれませんが、文法の知識も同じくらい重要です。

パズルのピースのように「ここにはこの語しかハマらない」という判断ができるようになれば、はじめはまるで手がかりがないように見えた中国語の単語の組み合わせも、大まかなパターンが見えてきます。

ディクテーションにおすすめの教材

学校や教室に通っていて、音声つきのテキストを使っている方はそれを使ってみましょう。既習の部分であっても、いざディクテーションしようとしてみると、なかなか100%は書けないものです。

ある程度中国語の文法を理解している初中級の方には、『中国語解体新書』をおすすめします。一編が短く、さまざまな文法項目や語彙がバランスよく構成されています。ボリュームはありますが、一冊通してディクテーションすることができれば、実力は大きく伸びているはずです。(『中国語解体新書』についてはこちらの記事で紹介しています

『中国語解体新書』にひるんでしまう人は、『瞬訳中国語』や『口を鍛える中国語』などの短文集の書き取りから練習していくことをおすすめします。スモールステップで少しずつこなしていけば、挫折もしにくくなるでしょう。(短文集についてはこちらの記事で紹介しています

少し背伸びをしたい人にはNHK WORLDの中国語版をおすすめします。日本のニュースを中心に構成されていますので、最近の話題や、日本の人名、固有名詞を中国語で言う訓練になります。ニュースは時間が経つと更新されてしまいますので、タイミングに注意してください。(NHK WORLDについてはこちらの記事で紹介しています

上級者のためのディクテーション

オーディオブックを使ったディクテーション

初中級の学習者におすすめするのは、いわゆる「教材」を使ったディクテーションです。学習者向けに難易度がコントロールされていますし、付属の音声はプロのナレーターが読んでくれるので、聞き取りの容易な標準的な音で学ぶことができます。スピードもある程度は加減されていることがほとんどです。

そのような教材で満足できなくなってきたら、実際に中国人が使っているオーディオブックを使ってみることをおすすめします。

喜马拉雅などの音声プラットフォームでは、多くの書籍がオーディオブック化されています。手元に原書を用意して(最近では電子書籍が簡単に購入できますし)、本で答え合わせをします。

小説でも、ビジネス書でも、自分の好きなジャンル、好きな作家の本が教材になるので、意欲的に学習を進めることができますので、「中国語を学ぶ」から「中国語“で”学ぶ」というステップアップを果たすことができます。

映画・ドラマをまるまる一本ディクテーション

映画やドラマをディクテーションの題材にしてしまう方法もあります。

最近では、ネットでも字幕を切り替えながら映像作品を鑑賞することができるようになっています。これを利用します。(日本で販売・レンタルされているDVDだと、中国語の字幕が入っていないことが多いのです(憤慨))

映画・ドラマのセリフは、ナレーターが読んでくれるオーディオブックとは異なり、俳優が臨場感たっぷりに演じているものなので、早口になったり、老若男女さまざまな役柄の声が聞けたり、標準的でない音や、辞書に載っていないような表現が出てきたりと、相当に苦労させられます。

しかし、だからこそ、まるまる一本を書き取れたときの達成感はたまりません。その作品は自分にとって忘れられない生涯の一本になるでしょうし、書き取りをしたノートも宝物になるでしょう。

外国語学習者が抱く「字幕なしで映画が観られるようになりたい」という夢に大きく近づく学習法であることは言うまでもありません。

「あれ!? 全部わかる!」の地平へ

このような地道な訓練を続けていくと、あるときに「あれ!? 全部わかる!」という瞬間が訪れます。

目の前を覆っていた霧がサッと晴れていくような、クリアな視界が広がっていくことを感じるでしょう。

知らない単語はもちろんいくらでも出てきます。しかし、音ははっきりと聞き取れる。だから、あせらずあわてず、ゆっくり辞書を取り出して調べればいいのです。

あなたの中国語学習人生が無限に豊かなものになることを目指し、地道に訓練を続けてみてください。応援しています。