まずはやさしい日本語にしてみよう―知らない単語と付き合う方法

瞬間作文で表現のストックをつくる

中国語を学ぶとき、学んでもらうときに、わたしがよく取り入れるのが、「日本語の文を中国語に素早く変換できるように練習する」という方法です。いわゆる、「瞬間作文」というものです。

自分は主に日本国内で中国語を学んできたので、「なかなか生活の中で自然に」というわけにはいきません。多くの表現は意図的に覚えてきました。これは「中国語検定の日文中訳攻略法―九九のように短文を覚える」という記事にもしました。

瞬間作文は、英語の方でも有名な教材がいくつもありますし、中国語にもいくつか同様の書籍があります。

暗唱チェックで「パス」をさせない

中国語独学サポートなどで、受講者さんの習得状況をみるときにも、この瞬間作文のテストをしています。定期面談のときに、課題にしていた範囲を確認するほか、過去に覚えてきてもらった文を抜き打ちで出すこともあります。

わたしが日本語文を言って、それを即座に中国語にしてもらう訓練です。通訳練習の初歩ですね。

このときに、記憶があいまいになって、つまってしまう人が多くいます。もちろんそれは仕方ありません。

しかし、受講者さんが「全然覚えてません」とパスしようとすると、わたしはあえてこう言います。

「今、この場に日本語と中国語がわかる人が自分しかいなくて、自分が何か言わないと場が台無しになると思って訳してみてください」

ちょっとした緊迫感を想定してもらうわけです。

確認しているのは暗唱しているかどうかですが、このときに、お手本のテキストどおりの100点の回答を出さなくてもいいのです。

10点でもいいのです。1点でもいい。

「覚えていません」で降参してしまうのは、もったいない。潜在的には何か言えるはずなのです。“我”だけでもいい。0.1点にしかならないかもしれないけれど、「何も言わずに0点」よりは何倍もいい。

そんなとき、わたしはこういうアドバイスをしています。

「まずは課題の文を簡単な日本語、小学生レベルの日本語にして、それを中国語にしてください。そうすると、何か言えると思いますよ」

実際、ちょっとひねった日本語も、簡単な日本語に言い換えることができるはずです。

たとえば、こういう文があったとします。

オリンピック、女子サッカーの決勝戦で、日本人選手の大和優子が試合が終わる3分前というときに、左足でシュートを放ち、日本チームに貴重な1点をもたらした。日本チームは1対0で勝利し、本大会の金メダルを獲得した。

『中国語解体新書』p.38 より引用

「ハイ、これを中国語で言ってください」

と言われて、

「決勝戦? シュート? 貴重な1点? もたらす? 金メダル?」

と、知らない/覚えていない単語が連続して混乱するかもしれません。

しかし、与えられた文をいきなり変換しようとするのではなく、それをどう易しい表現に言い換えるかを考えることに意味があります。

「決勝戦」は、「最後の試合」

「シュート」は要するに「球を蹴る」ことです。

「貴重な」はニュアンスが変わるかもしれませんが、そのまま“贵重”と言ってしまってもいいかもしれない。あるいは、別に言わなくても最後の1点が貴重なことくらい誰にでもわかります。

「1点をもたらした」は要するに「日本が1点取った」ということです。

「金メダル」は「一位」ということです。

さすがに「オリンピック」は知らないと厳しいかもしれませんが、「世界で一番大きなスポーツの大会」と言えばわかってもらえるかもしれない。

世界最大的体育比赛,女性足球最后的比赛,日本人选手大和优子比赛最后3分,左脚踢球,日本得了1分,日本队胜利了,1和0,日本是第一名。

どうでしょう、たどたどしい中国語ですし、不自然なところも多いですが、言いたいことは伝えきれています。

中国語として成立させるための最低限の語彙力は必要ですが、それでもなんとか少ない材料でやりくりして情報を伝達することはできています。

ちなみに、お手本の文章はこちら。

在奥运会女足决赛中,日本选手大和优子在比赛结束前三分钟的时候用左脚射门,为日本队获得了宝贵的一分。日本队以一比零获胜,取得了本次比赛的金牌。

『中国語解体新書』p.38 より引用

知っている表現でやりくりする力も母語の力

「中国語ならではの表現」とか、「中国語の発想」とかを頭に入れることは大事ですが、それよりも前にできることがあります。

それが、「言いたいことを小学生レベルの日本語にしてから中国語にする」です。

「外国語の力は母語の力」と言われます。

そう言われると、日本語の難しい言い回しをたくさん知っておかなければならないような気がします。もちろんそれも大事です。

しかし、難しい言い回しを覚えるよりも、それをもっともっと簡単に言うにはどうするか、という、母語を分解していく作業も同じくらい大事です。

新しい知識を得るのと同時に、今持っている知識をできるだけ活用できる方法を考えるのも、外国語学習をしていく上でとても大事なことです。