今までで一番繰り返し読んだ本―『仏教思想のゼロポイント』(魚川祐司・新潮社)

ふと、「今までで一番繰り返し読んだ本はなんだろう」と考えていました。

中国語の文法書などの参考書であれば繰り返し開いて読んでいますし、外国語の教科書を何度も音読する、ということはありますが、そういうのを抜きにして、「最初から最後まで通して読んだ本」を考えると、この『仏教思想のゼロポイント』(魚川祐司・新潮社)が挙がります。

この本が出たのが2015年。年に1回くらい読んでいるので、せいぜい5〜6回といったところですが、あまり繰り返して本を読まない自分にしては、たくさん読んでいる方です。

「なんで生きてないとあかんねやろ? 生きる意味ってなんやろ?」などといった疑問をずーっと持ち続けていて、「仏教にはその答えがあるかもしれない」と予感していました。

入門書をちょっと読んでみたり、大学で講義を取ってみる、といったライトな付き合い方をしていただけでしたが、ラジオ番組でこの本を存在を知って、がぜん興味が湧いてすぐに手にしました。(Kindle版・紙の本、両方持ってます)

この本は、一言で言うと、(日本では?)一般的に語られることの少ない、仏教徒が目指す「悟り」というのは一体どのようなものなのか、というところを、言葉で表現できるギリギリのところにまで迫ったものです。

読了すると、「あぁ、そういうことか!」と一歩だけ悟りに近づいたような気にさせてもらえます。もちろん、この本に書いてあるとおり、悟りというのは実践を経ることによって認知が根本的に変化した状態のことなので、読めばすぐに悟れるというものではありません。ジャッキー・チェンの映画を観た後でビルから飛び降りたらやっぱりケガをするのと同じです。

昔から、仏教にはささやかな憧れと興味を抱くとともに、うっすらと胡散臭さも感じていました。

言っては悪いですが、ときどき葬式や法事で出会うお坊さんは悟りへの道を追究しているようにはみえず、ただ仕事でお経を上げているだけに見えていました。いわゆる「葬式仏教」的な日本の仏教の在り方に疑問も抱いていました。(著者は日本の仏教の在り方も否定していません)

表紙もなんか荘厳な感じがするし、著者の略歴を見ても東大の大学院修了とか書いてあるし、「自分なんかに読んでわかるのかな?」 と思いつつも読み進めていったのですが、話の展開がいちいち理にかなっていて、喩え話も秀逸で、もちろん歯ごたえはあったのですが、「何が言いたいのか皆目わからん」と思うところはひとつもありませんでした。

これを読むと、悟りというものがどのような境地にあるのか、うっすらと見えてきますし、そのようなところにたどり着けるのであれば、俗世の一切を捨てても仏道に入るということに魅力を感じるのも無理はないと思えます。

実際に本書を読んで仏道に入った人も少なくないのではないでしょうか。少なくとも、わたしは出家こそしませんでしたが、ヴィパッサナー瞑想の10日間コースには行ってしまうくらいには影響を受けました。

著者の魚川祐司さんはネット上では「ニー仏」という名前で種々の活動をされています。わたしはnoteを購読したり、ツイキャスを聴かせてもらったり、ときどき質問を送ったりして、一ファンとしてお付き合いをさせてもらっています。

昔であれば、自分が好きな著述家の文章を読もうとすれば、何ヶ月も、あるいは何年も待たなければなりませんでしたが、今はnoteなどで毎日のように読ませてもらうことができますし、直接質問をすればリアルタイムで取り上げてくれたりして、推し活がはかどりすぎて怖いくらいです。

プラユキ・ナラテボー師との共著『悟らなくたって、いいじゃないか』や、訳書の『自由への旅』もおすすめです。

仏教の超初心者にはこちらの『だから仏教は面白い!』(前後編)がおすすめです。仏教のことを全然知らないうちの家族も楽しく読んでました。Kindle Unlimitedの読み放題対象です。


書籍版はこちらです。