
普通のドラマっぽくなってきた
第5話を観ました。次男である明哲夫婦と父の苏大强の間で起こるトラブルがちょっとコメディ的になってきて、4話までよりもゆったりした気持ちで視聴することができました。
明玉の方にも進展があり、続きが気になるところです。
今回も興味深い表現を5つ選んで紹介します。
《都挺好》(第5話)の中国語表現5選
打烊 dǎyàng
深夜、行きつけの店にやってきた明玉のセリフです。
打烊了?
もう終わった?
——还没,我们营业时间很弹性的。
——いいや、うちは営業時間の融通が利くんで。
2:13
“打烊”は、「閉店にする」という意味で使われます。辞書には「方言」であるとの記載があり、江蘇省などの長江下流域(江東)あたりの方言です。このドラマの舞台はそのあたりに設定されているので、そのような言い方が一般的なのでしょう。
わたしも上海にいたときに飲食店に入って“打烊了”と言われたことがあります。初めて言われたときは何を言っているのかわからなかったのですが、状況から察してそそくさと退店したことを覚えています。
“烊”は辞書には“yàng”と第4声で記載されていますが、ドラマのセリフでは“yáng”と第2声で発音されています。
店のマスターの“我们营业时间很弹性的”というセリフ、“〜性”という構造の明らかに名詞にしかなれないような語が形容詞になるところが面白いです。
阴阳怪气 yīnyáng guàiqì
明成と朱丽の寝室でのやりとりです。
父と明哲との電話のやりとりについて、朱丽が不審の念を抱いています。
爸这是什么意思啊? 跟大哥打电话说话阴阳怪气的,告黑状呢。
お義父さんはどういうつもりなんだろう? 電話でお義兄さんにおかしなこと言って。うそばっかりじゃない。
19:28
“阴阳怪气”は(言動や性格が)「ひねくれている」「得体が知れない」といった意味です。陰陽というのは月の満ち欠けや季節の移り変わりのように、とどまることなく変化するものをいうものですから、そこから転じて「つかみどころがない」→「わけがわからない」となっていったのだと思われます。
“告黑状”というのは、「人を陥れる目的で告げ口をする」という意味です。難しい言葉で言うと「誣告(ぶこく)」です。あることないことを第三者に言いつけるようなニュアンスの表現です。
动粗 dòngcū
父の苏大强がなんと野良犬を家に連れ込んできてしまいます。犬嫌いの朱丽がパニックになり、ソファの下に隠れている犬を明成がおびき出そうとしているシーンです。
你听我说啊,咱好好商量,我不想对你动粗。你乖乖出来,从哪儿来到哪儿去。
いいか、しっかり話し合おう。乱暴をするつもりはないんだ。おとなしくそこから出てきて、元の場所へ帰りな。
20:10
“动粗”は「暴力を振るう」「手荒な真似をする」という意味です。
“动”は「動く/動かす」という意味のほか、「使う、はたらかせる」という意味があります。
“粗”は「粗野」の“粗”で、「荒っぽい」という意味。
“动粗”は「荒っぽい手段を用いる」→「暴力を振るう」となります。
搬起石头砸自己的脚 bānqǐ shítou zá zìjǐ de jiǎo
明玉と、同僚の柳青が食事をしながら会社内で起こっている問題について話し合っています。明玉のセリフ。
但他忘了我师父是什么人。把一件私事变成了集团内斗,我师父能给他好果子是吗?他这叫搬起石头砸自己的脚。
あいつは私の先生がどんな人間かを忘れてる。個人的なことをグループ内の内紛にしてしまって、先生が黙ってると思う? こういうのを自分の首を締めるっていうの。
28:25
“搬起石头砸自己的脚”は「石を持ち上げて自分の足をつぶす」という意味。誰かを攻撃するつもりで石を持ち上げたら、自分の足の上に落ちてきた、ということです。
ここでは「自分の首を締める」と訳しましたが、「募穴を掘る」「自業自得」「自滅する」などでもいいと思います。あるいは、そのまま「自分の足に石を落とす」とするのも場合によっては許容されるでしょう。
こういうことわざ的な表現は、あまり訳語を固定せず、その場その場でふさわしい言い回しを当てはめていくと、撮ってつけた感を減らすことができます。辞書の訳語を鵜呑みにしないことが重要です。
赌气 dǔqì
苏大强との同居生活にイライラし、自分をかばってくれなくなった夫に腹を立てて出ていった朱丽(当たり前だ)。
明成は朱丽に謝罪のメッセージを送りまくりますが、父の前では強がっています。それを諭す苏大强のセリフ。
说说就得了,别为了你爸让你们小两口赌这么大气。
ちょっと言ってやるくらいにしておきなさい。わしのために若い2人がケンカするのもよくない。
——不赌气。赌气也是她找的事,天下女人多的是,爸就一个,你放心吧,爸,赶紧睡。
——ケンカなんかじゃないさ。仮にそうだとしても、あいつのせいさ。女なんていくらでもいるけど、父さんは一人だ。安心して寝てよ。
37:28
“赌气”は、「意地を張る」「ふてくされる」という意味があります。
その後の明成のセリフにある“多的是”というのは「たくさんある/いる」という意味で、“是”で言い切りの形になります。なかなかに過激なことを言います。
諌めている苏大强に「お前がめんどくさがって風呂に入らんかったり犬連れこんだりするからやろが!」と突っ込んでしまいます。オッサンのふてぶてしさにもう笑うしかないという状況です。
このままドタバタが続くのか
「父親が兄妹たちを振り回す話」というのは聞いていましたが、なるほどな、と思って視聴していました。
わたしは中国人と同居したことはありませんが、中国人のアテンドや通訳をしていたので、苏大强と同じ年代の人の行動様式が日本人を仰天させる光景を何度も目にしてきました。
このへんのジェネレーションギャップが、このドラマがリアルだと言われる要素のひとつなのでしょうね。
それでは第6話もぜひお付き合いください!