《都挺好》(第6話)の中国語表現5選

前回「第5話」はこちら

第6話を見ました。相変わらず父・苏大强のワガママ無双が続いていて、周りに迷惑をかけ続けております。

ここまでくると可愛げさえ感じてくるのが不思議です。というわけで、今回は父をめぐるシーンのセリフばかりになりました(意識したわけではないのですが)。

母の葬儀の後で相互にあまり干渉のなくなっていた兄妹が、父を中心に交流を取り戻していきます。明玉のさりげない思いやりにグッときますね。

一般见识 yìbān jiànshi

さて、さっそくですがオヤジのイラつくセリフからいきましょう。

明成,你还是把丽丽接回来吧。她一小姑娘,我不跟她一般见识

明成、やっぱり麗麗を迎えに行ってやれ。まだ若い女の子なんだから大目に見てやろう

——不接,不能接。万事我爸第一位。这道理她要不明白,永远都甭回来。

——いいや、そうはいかない。何事も父さんが最優先さ。あいつがそれをわかろうとしないなら、ずっと帰ってこなくていい。

6:08

一般见识”は、主に否定文で用い、自分より知識や教養などで劣るものに対して張り合うことを言います。否定文になるので、「対等に扱わない」ということです。

ここでも、父の苏大强は丽丽が自分のワガママで家を出ていったと認識しており、「若いねえちゃんなんだから俺は多めに見てやるわ」という謎の上から目線でものを言っています。怖いですね。

下台阶 xià táijiē

你作为一个大男人,你别老跟女人置气成吗? 这个时候你得给她个台阶下,要不她怎么回来呀? 好意思吗?

男なんだから、女にいちいち腹を立てていてどうする? こんなときは、こっちからお膳立てをしてやるもんだ。でないと、気まずくて帰ってこられないじゃないか。

6:47

父による謎のウエメセ説教タイムが続きます。

“台阶“は「階段」を表します。

腹を立てて家出した丽丽が家に帰ってくるために、助け舟を出してやる口実を作ってやることを、“台阶”という語で「降りてくるための階段」に喩えています。

文の構造にも注目しておきましょう。

“给她个台阶下”

で、

「彼女に階段を用意してやり、降りてきてもらう」

という意味になります。“下”(降りる)の動作の主体は“她”です。一種の連動構造になっています。

拿人钱财 替人消灾 nárén qiáncái tì rén xiāozāi

丽丽を迎えに行った明成は、機嫌を直してもらうためにネックレスのプレゼントをわたします。(このやりとりがかわいい)

ところが丽丽、機嫌を直したかと思いきや、明成に帰れと言うのです。そこで出てきたセリフです。

行,东西我收下了,你走吧。

わかった。プレゼントは受け取ったから、帰って。

——这什么意思? 你,拿人钱财替人消灾啊! 我得带你回家。

——どういうことだよ? タダで受け取るつもりか? 一緒に帰ろう。

12:55

拿人钱财(得)替人消灾”は、「人から金品を受け取ったならば、その人のために問題を解決してやる」という意味。

つまり、「何かもらったなら、何かを与えよ」というギブアンドテイク精神を表す慣用句です。いつか使ってみたい表現ですね。

哼唧 hēng ji

食あたりで病院に連れていかれた苏大强。点滴をしてもらっている最中、苦しいのかうめき続けています。わたしには、わざと息子たちの気を引いているようにみえます。

哼唧了! 这能怨谁呢? 妈在的时候就说不让你吃鸭脖子,鸭脖子克你,一吃就出事!

ウンウンうるさいよ! 自分のせいだろ? 母さんに、アヒルの首を食べるなと言われていただろう? 父さんの体には合わないんだから、食べたら調子が悪くなるんだよ。

20:48

哼唧”は「うめく、ぐずる、むにゃむにゃ言う」、という意味です。

”の一文字だけにも「(苦痛や悲しみで)苦しそうにウンウンうなる」という意味があります。

鸭脖子”は「アヒルの首」ですが、知らない日本人はぎょっとするかもしれません。前のシーンで父がクチャクチャやっていたやつですが、おつまみ、軽食感覚で食べるのですね。“鸭舌”とかもあります。「アヒルのタン」です。

”という表現も興味深いですね。「克服」などの語からもわかるとおり、「勝つ」という意味です。

ここでは食べ物との相性をいいます。苏大强はアヒルの首を食べると調子が悪くなるようです。

つまり、アヒルの首が苏大强に勝つ→食べると体調が悪くなる、ということです。

我在我做,你在你做 wǒ zài wǒ zuò , nǐ zài nǐ zuò

父が体調を崩したことを知った長男の明哲が明成に、ちゃんと食事を作ってやれと命じました。それ反発する丽丽。

做饭! 谁做?

食事? 誰が作るの?

——我在我做,你在你做

——俺がいるときは俺が、君がいるときは君が

我做饭! 苏明成,咱俩结婚的时候不是说好了的吗? 什么时候轮到我做饭了呀?

私が食事を? ねえ、結婚のときに話したよね? どうして私が作ることになるの?

25:42

なんてことのない表現ですが、中国語の簡潔さに感動してしまうのは私だけでしょうか?

我在我做,你在你做”を、まったく何も加えずそのまんま日本語にしてしまうと、

俺がいる俺が作る、君がいる君が作る

と、異様にぶっきらぼうな、というか、言葉をまともに使えていない人間のような表現になります。

しかし、中国語ではこれがまかり通るという現実……!

「俺がいるときは俺が作る、君がいるときは君がつくる」

という「条件」を補って理解する必要があります。

(おまけ)先走 xiān zǒu

父が犬を連れ込み、ソファにおしっこまでしてしまった自宅の部屋に業者を呼んで掃除してもらうシーン。お掃除業者さんのセリフです。

苏先生,那我们已经打扫干净了,那我们先走了。

蘇さん、掃除が終わりましたんで、これで失礼します。

——好好好,辛苦辛苦辛苦,辛苦辛苦。好,谢谢啊!不送了啊!

——ああ、ご苦労さま。ありがとう、ではここで!

1:23

ここもどうってことのない表現ですが、“先走”の“先”が気になりました。

たとえば、職場で同僚が先に退勤するときなどには、明確にオフィスを出ていく前後関係があるので、“先”がある意味がわかります。「お先に失礼します」の「お先」です。

しかし、たとえば日本語で考えた場合、業者さんが出ていくときに「お先に失礼します」とか言うと、絶対に変ですよね? 「いやいや、君は出ていくけど、俺はここに残るから」と思うはずです。

中国語ではこれがどうやら不自然ではなく使われるようです。

これは、“先”の意味が薄れ、「ひとまず」とか「このあたりで」といったニュアンスで使われている、という理解でよいかと思います。

“不送了”は、「見送ることはしません」という意味。お客さんが帰るときには、行けるところまで見送るというのがマナーです。その礼儀を省略する際に言う言葉ですね。

業者さんにもこんな風に言うのですね。

父のワガママがもはやおもしろい

父の理不尽で傍若無人な振る舞いを、最初はイライラしながら見てましたが、ここまでになってくるともはや笑ってしまいます。

いい加減にしろ!と思いつつも、次は何を言い出すのか、楽しみにしつつ、次回を視聴したいと思います。

では、第7回もお付き合いいただければと思います。再见!

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