翻訳者は類語の達人になろう『東京堂 類語辞典』

翻訳の際は外国語辞典を頻繁に引いていますが、このような日本語の類語辞典もよく利用しています。

この辞書は創業120年を超える老舗、東京堂から出版されたもので、初版は昭和30年(1955年)、今から約60年前です。

なんと93版まで版を重ねていたそうです。

それだけ利用者に支持されてきたというその事実だけでも、信頼に足る辞書だということがうかがえます。

実際に使用していても、コンパクトな中に多くの類語が収められており、[参考]としてそれぞれ語の意味の違いなどもさりげなく紹介されているので、引いているうちに自分の日本語が豊かになっていくような気にさせられます。

今私の手元にあるのは、平成23年(2011年)に新装版として刊行されたものです。

組み版も見やすく、古本ではなくこちらを購入してよかったと思っています。

そんなに昔の辞書が役に立つの?という疑問がわくかもしれませんが、類語辞典というのは新語を追いかけるのではなく、「笑う」「泣く」「うれしい」「悲しい」などの基本的な語彙を豊かに表現するために引くものです。

日本語の体系は60年程度ではそれほど変化があるわけではありませんから、現代でも十分に使用する価値があります。

いまはネット上でWeblioなどの無料辞典が引き放題という幸せな時代ですが、みなが同じものを参照していれば、訳文の幅は必然的に似通ったものになってきます。

翻訳は原文がなければ成り立たないということから、文章を右から左へ移し替えるだけの簡単な作業と思われることも多いのですが、いかに読みやすく、日本語として適切な表現を見つけ出せるかを考えに考えて行う、きわめて創造的な仕事です。

ですから、こういった紙の辞書もできるだけ取りそろえて、すぐに引ける態勢を整えておくことが肝要だと考えています。

とくに、辞書などの参考図書はほとんどの図書館で貸出不可となっています。

まさか必要になるたびに書店に行って立ち読みするわけにもいきませんから、「お金で買える知識」として常備しておくべきです。

辞書を編纂する労力と手間を考えれば、これほど「安い」知識はありません。

凡例で「新装版刊行にあたって」という一文の中に「本書には、現在では人権上の配慮に欠ける、差別・偏見ととられる不適切な用語が掲載されている箇所があるが、編者が故人となっていること、また差別助長の意図で用いられているわけではないことを考慮し、初版のままとした。」との記述があり、存在する言葉を存在するままに掲載を続けるという姿勢に共感しました。

言葉は刃物と一緒で、使い方が問題なのであって言葉そのものに非があるわけではありませんので。